Saito Farmーー斎藤の名を付けたのはそれなりの覚悟があります。来年で医師として20周年を迎える私がつくる施設が、なぜ「斎藤医院」でなく牧草牛専門精肉店「Saito Farm」なのか?
私が、牧草牛に注目したのは、2011年の3.11直後の福島の事故にさかのぼります。もし放射線の害がこれ以上降りかかってきたら、医者としてどうやって国民を守れるか? 考え、調べ、そして到達したのが機能性医学の特長とも言える食事法「ケトジェニックダイエット」でした。
今日では、ケトジェニックダイエットは体組成のコントロール法(主に痩身)、さらにはがん対策の食事法として国民に認知されてきています。しかし、そもそも私が着目したのはカラダの抗酸化遺伝子の発現を刺激して、抗酸化力を上げる食事法として、だったのです。
ケトジェニックダイエットは、「糖質制限を行いながら、糖新生に消費されるタンパク質を補うために良質なタンパク質をしっかり摂取する」ということを基本にしています。
最初、「肉食ダイエット」とシンプルなネーミングで提起したのは、ひとえに一般の人たちにわかりやすく広めたかったからです。ただし、医者が患者さまに、ある特定の食事法を勧める場合、患者さまにとってその「アドバイスされた食事」は「処方された薬」のようなもの。患者さまは医者のいうことを信じて、症状を改善するためにそれを実践されます。
医者として「食をアドバイスする責任の重大さ」、正直言って後になってから気がつきました。「我々医師は食品の知識を教わっていないし、知識も持ち合わせていない」ということを自覚したのです。
医師として万人にすすめることができるタンパク質源としてたどり着いたスーパーフードが、牧草由来の必須脂肪酸バランスを持ち、牛自身が健康に育ち、食べる人も健康になるであろうニュージーランド牧草牛でした。
2011年当時「牧草牛」と言う言葉は日本にはありませんでした。実はこれ、私がつくった言葉なのです。英語ではグラスフェッドビーフと呼ばれますが、日本ではお馴染みではなかったからです。
機能性医学は、ライフスタイルを変革して慢性病を根本的に解決する治療モデルです。食生活などのライフスタイル変革が、時に薬よりも重要な場合は多々あります。機能性医学を看板に掲げて、適切な食事指導ができないライフスタイル医は、メスが使えない外科医のようなものです。
「食事はおいといて、サプリメントがあるじゃないか」と考えた時期もありました。が、食を学ぶにつれ、食の機能性が増していけば(加工食品も含め)、サプリメントは食品に内包されてしまうのは時間の問題。栄養的に究極のカップヌードルができてしまえば、サプリメントは必要なくなる。機能性医学の実践に必要なサプリメントの開発を目的につくった日本機能性医学研究所の主事業は、やがてなくなっていく……そう確信しました。
「医食同源」の再発見でした。
サスティナブル、持続可能性と訳される言葉があります。この言葉を目や耳にするたびに思い出すのは小学校の授業で教わった「文明の成立」です。4大文明はすべて大河流域で発生しています。それはシンプルにいうと、大河が雨期に氾濫し、氾濫のあと水分を含んだ大地に穀物の種をまけば、芽が出てやがて収穫できる。穀物は備蓄が可能なので、それまで狩猟採取民族として獲物を追いながら移住を続けていたヒトの生活は一変し、定住とより大きな集団での生活が可能になった。
でも、それでヒトは本当に幸せになったのでしょうか?
いいえ。問題はふたつあります。
1)本来肉食だった我々が農耕を始めたことで、米や小麦が主食という概念を導入し、肉や魚、貝類の摂取量が減少した。現代人を悩ませている疾病の多くは米、小麦の取りすぎに起因している。
2)いままで滅びなかった文明はない。
「サスティナブル」を目指すのであれば、文明化の方向は結局マズいのではないか?とも思います(短絡的ですが)。
糖質制限やケトジェニックダイエットは、人間が文明化以前に本来食べていた栄養素のバランスに戻そうという考え方からきています。ローレン・コーディン先生の提唱した「パレオ・ダイエット」も同じです。「穀物主食」になる以前の石器時代の食生活に戻すこと、「文明以前に回帰せよ」という提案です。
でも、携帯電話を捨てて山ごもりする気にはならないし、ネット社会から離脱しようとも思わない。何より東京が好きなのです、私は。では、東京に拠点を置きながら、サスティナブルをいかに実現していくのか?
その答えがSaito Farmです。
Saito Farmは、日本国土の7割を占める山間地を利用し、黒毛和牛を放牧で肥育することを広めるための突破口になりたいと願っています。
牛は本来、牧草を食べる動物です。山里で牧草が生えていれば、牛舎なしで繁殖肥育が可能。穀物飼料を与える必要がないので、海外から輸入される穀物飼料も必要ありません。いわゆるフードマイレージはゼロです。黒毛和牛は牛舎で飼育されてきた歴史があるので、黒毛和牛を放牧で育てられるとは誰も考えていませんでした。それを実証実験で証明したのが、九州大学QBeefの生みの親である後藤貴文先生です。
いま、黒毛和牛を放牧で飼う試みは日本各地で始まっています。「どんなに健康によくても、美味しくないと続かないんだよね~」食のオーソリティの服部幸應先生はいつもそうおっしゃっています。放牧で牧草を食べて育った黒毛和牛は本当にとても美味しいのです。ご安心を!
また「特産松阪牛」という牛をご存じでしょうか? 松坂牛はそもそも、役用牛という農作業に使っていた雌の但馬牛が、加齢によって用なしになったので、稲わらを与えて太らせて食べたら美味しかった。そのときなぜか農耕用の「すき」を鍋にして焼いた。それが「すき焼き」の始まりだ、と松阪の古老から聞きました。
「特産松阪牛」は、昔ながらの方法にこだわって育てている畜産農家が、ただ松阪で肥育しているだけの松阪牛と区別するために、新たにつくったブランドです。高値で取引されている「松阪牛」ブランドを利用して大量生産しているのではありません。最大の特徴は「長く飼うこと」で、900日以上飼育するのが要件になっています。
松阪牛は牧草牛ではありません。穀物飼育牛は、人間と同じくメタボになるため短命です。30ヶ月は長いほう。24ヶ月〜26ヶ月の若い牛が出荷されます。牛は経済動物ですから、成長がとまったらエサ代がもったいないので出荷してしまったほうが儲かってよい。しかし、長く飼ったほうが美味しいと言われています。
本来、松阪の但馬牛(黒毛和牛)は、長生きするようにエサや飼育環境を工夫して大事に飼われていた。すき焼きになるのはそのあとだった。…そんな松阪牛の伝統が「特産松阪牛」として存続しているのです。
牧草牛は長く生きます。草食動物の食べ物である牧草を食べ、放牧で運動をしていますから、メタボとは無縁です。長く飼ってもエサ代はかかりません。必要なのは、土地と日光と二酸化炭素だけです。
日本人の健康に寄与し、環境に優しい産業モデルでもある和牛の放牧による肥育に、ドクター斎藤はヘルスケア・プロフェッショナルとして取り組んでいこうと思います。
100年、いや、うまくいけば数百年続きそうなプロジェクトです。サスティナブルでしょう、100年も続けば。もし、いまの文明が崩壊しても「土地と日光と二酸化炭素で牛を育て、それをいただく」という生活はなくならないのではないかと思うのです。
「機能性医学(Functional Medicine)」とは、さまざまな病気をできるだけ薬の力に頼ることなく、生活習慣の改善によって治療することを目指す、アメリカ発の21世紀の医学です。健康を支える要素として特に「栄養」を重視しています。日本での機能性医学の第一人者がドクター斎藤。2008年、「機能性医学」の普及と研究を推進するため「日本機能性医学研究所」を設立(2009年に法人化)しています。(詳しくはhttp://ifmj.jp/)
タンパク質はヒトが生きていく上で欠かせない栄養素ですが、日本人の多くは、厚生労働省が推奨するタンパク質摂取量1日60g(女性は50g)を満たしていません。1日約300gのお肉やお魚を食べることを求められているのに、できていないのです。また、何らかの理由で糖質制限をすると、タンパク質が糖新生のために奪われるため、タンパク質摂取量をさらに増やす必要があることがわかっています。
タンパク質源としては、お肉や魚以外にも、大豆製品、卵、乳製品などがあげられます。ところが、日本人の食物過敏症(食物アレルギー)の発症率はおよそ8割にも達しており、頻度が高い食材は乳製品と卵です。逆に頻度が低いのが肉。タンパク質摂取という観点からは、鶏肉でも豚肉でもよいのですが、牛肉には必須ミネラルの亜鉛が多く含まれているという特徴があります。実は日本人には亜鉛の欠乏者が意外と多いことも栄養学的にわかってきました。
一方、魚はタンパク質摂取源として優れているだけではなく、現代人が不足しがちなオメガ3脂肪酸が豊富です。オメガ3は不足することで心臓血管病のリスクを増加させます。なぜ、魚にはオメガ3脂肪酸が豊富なのか? その理由は、オメガ3脂肪酸を合成する植物性プランクトンを捕食した青魚が食物連鎖によって濃縮されたことによります。ということは、養殖魚(自然な食物連鎖と異なるエサで育てられた魚)には、豊富なオメガ3脂肪酸は望めないのです。
Saito Farmが牧草で育てられた牛肉にここまでこだわる理由を詳しく説明しましょう。
牧草牛のカラダを構成する必須脂肪酸(体内で合成できないため、食べ物から摂取することが必須な脂肪酸という意味)は、牧草自体に含まれている脂肪酸が蓄積されたもの。それゆえ、オメガ6とオメガ3の脂肪酸比率は牧草自体の脂肪酸比率に近くなります。一般的な穀物飼育牛のオメガ6とオメガ3の比率がおよそ20:1であるのに対し、牧草牛は、1:1と理想的な割合になっています。
牧草牛であれば、タンパク質摂取のために毎日300g摂取したとしても、アレルギーを起こす可能性が低く、鶏肉、豚肉より亜鉛が多くてミネラルが豊富、脂肪酸比率は理想的、ということから、日々のタンパク質摂取源として推奨できるのです。
赤身肉は、米国では大腸がんリスクの増加させる食材として認識されています。これは畜産の歩留まり改善のために、女性ホルモン剤投与が米国では禁止されていないことに起因していると考えられています。平成11年度厚生科学研究報告書「畜水産食品中残留ホルモンのヒト健康に及ぼす影響に関する研究」では、発がん性のある女性ホルモン代謝物は、食肉になった状態でも残存していることが明らかになりました。
この報告書では、同様な赤身肉消費の大腸がんリスクの調査を日本人対象に行っていますが、米国ほど明らかな傾向は出ていません。日本およびニュージーランドでは、食肉に対する女性ホルモン剤の使用は一切禁止されています。このホルモン剤投与は一つの例です。肥育の際、トラブルを予防するために本来必要としない薬品を使用する習慣は日本の畜産の現場でもありますが、その情報はトレース可能になっていないのが現状です。これは法整備の遅れによるもので、この遅れによってEUへの国産牛の輸出機会を失っているのは残念なことです。Saito Farmは、トレーサビリティ法に定められている情報開示内容以上の情報を生産者から集め、消費者の健康増進に帰する食肉情報の充実を図っていきます。